「蠟面博士(原典版)」(横溝正史)

三津木俊助であればわかります。

「蠟面博士(原典版)」(横溝正史)
(「横溝正史少年小説
  コレクション⑤百蠟仮面」)
 柏書房

事故を起こしたトラックの
荷台の木箱の中から、
死体を蠟で固めた
人形が出てくる。
トラックから逃げ出した
怪しい老人を、
探偵小僧・御子柴少年は
尾行する。
たどり着いたアトリエの中で、
御子柴少年は怪老人・蠟面博士と
対峙する…。

一年ほど前に本作品を再読し、
「本作の金田一は
かなり精彩を欠く」という
記事を起こしました。
アメリカから帰国したかと思えば
いきなり蠟面博士に拉致され
海に沈められ、
復活したかと思えば
二度までも犯人を取り逃がし、
ろくに謎解きもせずに
無理やり解決させてしまうという
体たらく。
いくらジュヴナイルとはいえ、
金田一耕助の探偵像を
おとしめるような形は
うまくないのではないかと
思っていました。
ところが何と…、
その役は三津木俊助だったのです。

【主要登場人物】
蠟面博士
…死体を蠟人形に仕立てる怪人。
 犯行の目的不明。
竹内三造
…蠟面博士の部下。
田代信三
…東都日日新聞記者。
 蠟面博士に監禁される。
古屋三造
…東都日日新聞記者。田代の助手。
高杉アケミ
…蠟面博士が狙った娘。
月子・雪子・花子
…劇場で人気のオリオン三姉妹。
 蠟面博士に狙われる。
山崎編集局長
…新日報社編集長。
等々力警部…警視庁警部。
三津木俊助…新日報社記者。
御子柴進…新日報社給仕。探偵小僧。

「夜光怪人」と経緯は同じく、1975年に
朝日ソノラマ文庫に収録する際、
編集者・山村正夫が作者了解のもとに
三津木俊助を金田一耕助に
改変させていたのです(「夜光怪人」では
由利麟太郎を金田一に変更していた)。

三津木俊助であればわかります。
三津木はこれまでも
御子柴少年に花を持たせる形で
脇役に回ることが多かったのですから。
「真珠塔」事件では金蝙蝠に拉致され、
さらにはショーウインドウに
晒し者にされるという
大失態まで演じています。
海に投げ込まれるのも
「夜光怪人」事件に続いての二度目です。

本書刊行により、
オリジナルの文章が約50年ぶりに
復活したことになります。
柏書房の功績は大きなものがあります
(本来であれば横溝正史作品で
一番儲けた角川文庫が
やるべき事業だと思うのですが)。

ただし、山村正夫編集版に
意味がないかといえば、
決してそうではありません。
原典版にはいくつかの文章に
不具合な点が散見されるからです。

一つは冒頭部分の文章に
常体敬体が混在していることです。
横溝の初期のジュヴナイルものは
敬体が多かったのですが、
後の作品は常体となっています。
この作品を執筆する段階で、
横溝はどちらを用いるか躊躇し、
それが結果として不統一を
もたらしたのではないかと
推察できます。
山村編集版では
すべて常体に統一されています。

もう一つはセリフの言い回しに
不適切な部分が見られることです。
蠟面博士のアジトに乗り込んだ
等々力警部が
御子柴少年を見つけて発したセリフ
「そこにいるのは
 探偵小僧じゃないか。
 きさま、
 どうしてこっちへこないのだ」

いくらなんでも
いたいけな少年に向かって
「きさま」呼ばわりは
いかがなものかと思います。
これも山村編集版では
「きみは、
 どうしてこっちへこないのだ」

訂正されています。

本作品はそもそも1954年に
集英社の児童向け月刊誌に
掲載されたものなのですが、
校正作業が十分に
行き渡らなかったのかもしれません。
そのため文章にはこのような
ミステイクとしか思われない部分が
見られるのだと思うのです。

「あるがままの文章」を残すべきか、
「あるべき文章」として編集すべきか、
悩ましい部分がある以上、
山村編集版を一概に「改悪」とは
言い切れないと思います。
その時代に、
より適した形に直すことは、
乱歩も少年探偵団シリーズで
行っていることです。
現代の私たちは、
原典版と山村正夫編集版の
両方が楽しめることに、
素直に感謝すべきでしょう。

(2021.11.14)

Stefan KellerによるPixabayからの画像
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